近年、ビジネス界で「パーパス」という言葉が注目を集めています。単なる企業理念とは異なる、より深い意味を持つこの概念は、現代の企業経営において欠かせない要素となっています。本記事では、パーパスの基本的な意味から、なぜ今注目されているのか、そして具体的な企業事例まで、わかりやすく解説します。
パーパスを理解し実践することで、企業は持続可能な成長を実現し、社会からの信頼を獲得できるようになります。また、従業員のモチベーション向上や、ステークホルダーとの良好な関係構築にも大きく貢献します。
目次
パーパスとは何か?企業の社会的存在意義を表す概念
パーパス(Purpose)とは、一言で表すと「企業の存在意義」を指します。「目的」「目標」「意図」などと訳される英単語ですが、ビジネスシーンでは企業の社会的な存在価値や社会的意義を意味する言葉として使われています。
パーパスは「自社は何のために存在するのか」「その事業をやる理由は何か」といった根源的な問いの答えとなるものです。事業を行う根拠や原点であり、揺るぎない自社の指針となります。
パーパスとミッション・ビジョン・バリューとの違い
パーパスと類似した概念に「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)」がありますが、それぞれ異なる役割を持っています。
パーパスとミッションの違い
- パーパス:「なぜ存在するのか」(Why)という社会的意義を表す
- ミッション:「パーパスを実現するために何をするのか」(What)という行動や目標を示す
パーパスとビジョンの違い
- パーパス:現在の社会的存在意義を表す
- ビジョン:パーパスを実践する自社が目指す将来の姿や状態(Where・When)を表す
パーパスとバリューの違い
- パーパス:企業全体の存在価値を表した指針
- バリュー:パーパスを実現するために大切にする価値観や行動基準(How)を表す
このような関係性から、パーパスは最上位の概念として位置づけられ、そこからMVVが構築されると考えることができます。
パーパスが注目される背景と社会的要因
パーパスが重要視される3つの社会的背景
1. SDGsとサステナビリティ経営の浸透
2015年の国連サミットでSDGs(持続可能な開発目標)が採択されて以来、企業には経済的な発展だけでなく、社会的な責任やSDGs達成への貢献が求められるようになりました。この流れにより、自社の社会的な在り方を再構築する必要が生じています。
2. ESG投資の拡大と投資家意識の変化
投資家の評価基準も大きく変化しています。2018年、世界最大の資産運用会社である米国ブラックロック社のラリー・フィンクCEOが取引先のCEOに宛てた書簡で、パーパスの重要性を説きました。財務指標だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の観点から企業を評価するESG投資が主流となり、パーパスを掲げることが投資の評価基準として重要視されています。
3. ミレニアル世代・Z世代の価値観の変化
1980年代前半から1990年代半ば生まれの「ミレニアル世代」や、それ以降に生まれた「Z世代」は、社会問題に関心が強く、就職先を選ぶ際にも企業規模や売上高よりも社会貢献度を重視する傾向があります。LinkedInが2016年に実施した調査では、「人々の生活や社会に対してポジティブなパーパスを掲げる企業で働くならば、給与が下がってもいい」と答えた人が全体の49%に達しました。
パーパスが経営に与える影響と効果
DX推進との関係性
デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進においても、パーパスは重要な役割を果たします。DXはデジタル化による効率化にとどまらず、ビジネスモデルや企業文化の変革を目的とする取り組みです。自社の存在意義や目指す方向がはっきりしていなければ、ビジネスモデルの創出は困難であり、DX推進のためにもパーパスの明確化が必要となります。
パーパス経営のメリットと企業への効果
パーパス経営の3つの主要メリット
1. ステークホルダーからの共感と支持の獲得
パーパスに取り組んでいる企業は、信頼できる企業という印象を周囲に与え、消費者や株主などステークホルダーの共感を得やすくなります。共感する人が増えればSNSでの共有などで認知度向上につながり、応援してくれるファンも増加します。企業イメージ向上や売上向上といった効果ももたらし、自社の成長の原動力となります。
2. 従業員エンゲージメントの向上
パーパスを掲げることで、社員のエンゲージメント向上につながります。パーパスは自社で働く意義を明文化したものでもあるため、社員は自分が行っている業務がどのように社会へ貢献しているのか実感しやすくなるのです。自分が何のために働き、どう役立っているのかを感じることで、モチベーションやエンゲージメントが高まります。
3. イノベーション創出の促進
パーパスを掲げ実践することで、組織としての一体感が生まれ、社員が同じ目的を持ち、意識の方向が統一されます。そうした組織のベースができれば、部署間を越えたアイディアや意見が出やすくなります。また、パーパスが明確になれば社員が自発的に行動しやすくなり、イノベーションが創出しやすい組織へと変革できます。
パーパス経営の実践における注意点
パーパスウォッシュの回避
パーパスウォッシュとは、パーパスを掲げながらも実際の企業活動が伴っていない状態を指します。発表したパーパスと実態に乖離があれば、ステークホルダーをはじめ社会から信頼を失うため、パーパスウォッシュは避けるべきです。絵に描いた餅にしないよう、行動を一致させ継続することが重要となります。
パーパス経営の成功事例
世界的な成功事例
パタゴニア:環境保護を軸としたパーパス経営
米国発のアウトドアブランドであるパタゴニアは、2018年に「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む。」というパーパスを発表しました。同社の取り組みで最も有名なのが「1% for the Planet」で、全売り上げの1%を自然環境の保護と回復のために寄付しています。2022年9月には創業者が「地球が私たちの唯一の株主」とのメッセージと共に、パタゴニアのすべての所有権を環境保護のための組織に譲渡し、大きな話題となりました。
ネスレ:食を通じた社会貢献
世界最大の食品飲料会社であるネスレは、「食の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていきます」をパーパスとして掲げています。同社はパーパス実現のために「個人と家族」「コミュニティ」「地球」の3つの領域で社会課題の解決に取り組んでいます。具体的には、カカオ農園での児童労働禁止や、包装材料を2025年までに100%リサイクルまたはリユース可能にする施策などを実施しています。
日本企業の成功事例
ソニーグループ:クリエイティビティとテクノロジーの融合
ソニーグループは2019年1月に「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパスを掲げました。同社では、全世界11万人の社員へパーパスを浸透させるための専門の事務局を設立し、ポスターの配布やCEOからのレターの配信、社内Webサイトでの事例紹介など、様々な取り組みを行いました。2020年度は過去最高収益を達成し、この成果はコロナ禍であっても社員一人ひとりがパーパスに向かって行動した結果と評価されています。
味の素グループ:食と健康の課題解決
味の素グループでは、パーパスを「食と健康の課題解決」と定義し、「アミノ酸のはたらきで食習慣や高齢化に伴う食と健康の課題を解決し、人びとのウェルネスを共創します」をグループビジョンとして掲げました。同社ではパーパスやビジョンを従業員に自分事化してもらうため、組織および個人目標を設定し、発表会を実施しています。また、ベストプラクティスの社内SNSでの共有や年一回の表彰、エンゲージメントサーベイでの浸透度測定なども行い、組織一体となってパーパスに基づいた事業活動を展開しています。
パーパス策定と実践のポイント
パーパス策定の3つのステップ
ステップ1:自社のパーパスを明確にする
パーパス策定に正解はありませんが、以下の点を意識することが重要です。
- 現在ある社会課題の解決につながるか
- 自社の強みを活かせるか
- 自社が実現できることか
- 社員が自分事として捉えられるか
自社の歴史を振り返ったり、社内のさまざまな部署の多様な社員を巻き込んで議論することも、パーパス策定に役立ちます。
ステップ2:パーパスステートメントの作成
パーパスが明確になったら、パーパスステートメントを作成します。「自社が何のために存在するのか」「そのために自社が提供する価値は何か」との問いに答えるような、シンプルで伝わりやすい文言にします。また、パーパスステートメントを作成する際、行動指針(バリュー)も一緒に作成するとよいでしょう。
ステップ3:パーパスステートメントの実行と評価
パーパスステートメントを実行することが最も重要です。社内全体に浸透させ、社外への発信など実際の企業活動に反映させましょう。トップ自らが規範となって実行し、プロジェクトを立ち上げ社員に自分事化する取り組みも必要です。実行後は、取り組みを評価し、レポートを社内外に発信・共有することで、ステークホルダーのエンゲージメント向上につながります。
まとめ:パーパスが企業の未来を決める
パーパスは、現代の企業経営において欠かせない要素となっています。SDGsやESG投資の浸透、ミレニアル世代・Z世代の価値観の変化など、社会環境の変化により、企業には経済的価値の創出だけでなく、社会的価値の提供が強く求められるようになりました。
パーパスを明確に定義し、それに基づいた経営を実践することで、企業は以下のような効果を期待できます。
- ステークホルダーからの共感と支持の獲得
- 従業員エンゲージメントの向上
- イノベーション創出の促進
- 持続可能な成長の実現
ただし、パーパスを掲げるだけでは意味がありません。重要なのは、パーパスを実際の企業活動に反映させ、継続的に実践していくことです。パーパスウォッシュに陥らないよう、言葉と行動を一致させることが求められます。
パーパス経営は一朝一夕に実現できるものではありませんが、長期的な視点で取り組むことで、企業の競争力向上と社会への貢献を両立できる経営スタイルです。今後、パーパスを軸とした経営はますます重要性を増していくことでしょう。